2008年03月11日
なぜ、べジータではなくゴクウだったのか?
ドラゴンボール―完全版 (16) (ジャンプ・コミックス)「敵に勝利すること」を渇望した孤高の天才戦士べジータ(左)と、
「戦いを心から楽しむ」ために、純粋に強くなり続けた元下級戦士孫悟空(右)。
そして、最後に伝説のスーパーサイヤ人になったのは孫悟空の方でした。
なぜ、べジータではなく孫悟空だったのか?
※「主人公だから当たり前じゃん。」という
ごもっともな突っ込みは不要です。(; ^ ー^)
ここには、ビジネスと通じるところがあるなー、と思っています。
「お金がほしい」
「いい車がほしい。」
「豪華な食事をしたい。」
「あいつより出世してやる!」
こういった欲望は、起業したり、会社を運営する上で、
非常に大きな原動力となります。
特に若い頃のエネルギーというと、こういった欲望系ですよね(笑)。
※まあ、僕は起業したてのころ、これらのうち「うまいもの食べたい。」
という欲望が強くて、メタボ起業家の名を欲しいままにしたわけ
ですが・・・(涙)
ですが、一方で、
「幸せになるために仕事している」
「本当の幸せとはお金ではない」
「人の笑顔を見ると気持ちがいい」
「人のため、世の中のためになる仕事がしたい」
このような欲望とは真逆の、「愛」系のマインドも
やはり仕事をする上で、そして、人として大事だと思います。
この2つの両立が難しい。
「欲望」に寄れば、一時的には成功したりもしますが、
なかなか人はついてきませんし、孤独になったりして、
本当の意味で幸せではなくなってしまう。
かといって「愛」ばかり唱えてみても、
お金を稼ぐ原動力としてはパワー不足になりがちで、
下手をすると負け犬の遠吠えになってしまう。
どちらも一長一短です。
中心に「愛」を置きながらも、うまく「欲望」を使いこなす。
こういう形になると最強かもしれません。
そう、これ、つまりゴクウなんですよね。(笑)
ゴクウをスーパーサイヤ人にしたきっかけ。
それは、宿敵フリーザに親友のクリリンを殺されたことがきっかけでした。
自分のためだけに強くなろうとしたべジータではなく、
「強くなりたい」「戦いたい」という欲望を越えて
最後の最後で、人のために怒ったゴクウが、伝説の超戦士になるのです。
心優しき怒りの戦士 スーパーサイヤ人に・・・。
「ビジネスは金だ、利益だ」と言い放つだけなら簡単。
「愛こそ真実」と言い放つのも簡単。
ひとつ壁の向こう側を見るのは、「愛」と「欲望」の葛藤の中で
苦悩しながら自分を鍛え続けた者だけなのかもしれません。
ごもっともな突っ込みは不要です。(; ^ ー^)
ここには、ビジネスと通じるところがあるなー、と思っています。
「お金がほしい」
「いい車がほしい。」
「豪華な食事をしたい。」
「あいつより出世してやる!」
こういった欲望は、起業したり、会社を運営する上で、
非常に大きな原動力となります。
特に若い頃のエネルギーというと、こういった欲望系ですよね(笑)。
※まあ、僕は起業したてのころ、これらのうち「うまいもの食べたい。」
という欲望が強くて、メタボ起業家の名を欲しいままにしたわけ
ですが・・・(涙)
ですが、一方で、
「幸せになるために仕事している」
「本当の幸せとはお金ではない」
「人の笑顔を見ると気持ちがいい」
「人のため、世の中のためになる仕事がしたい」
このような欲望とは真逆の、「愛」系のマインドも
やはり仕事をする上で、そして、人として大事だと思います。
この2つの両立が難しい。
「欲望」に寄れば、一時的には成功したりもしますが、
なかなか人はついてきませんし、孤独になったりして、
本当の意味で幸せではなくなってしまう。
かといって「愛」ばかり唱えてみても、
お金を稼ぐ原動力としてはパワー不足になりがちで、
下手をすると負け犬の遠吠えになってしまう。
どちらも一長一短です。
中心に「愛」を置きながらも、うまく「欲望」を使いこなす。
こういう形になると最強かもしれません。
そう、これ、つまりゴクウなんですよね。(笑)
ゴクウをスーパーサイヤ人にしたきっかけ。
それは、宿敵フリーザに親友のクリリンを殺されたことがきっかけでした。
自分のためだけに強くなろうとしたべジータではなく、
「強くなりたい」「戦いたい」という欲望を越えて
最後の最後で、人のために怒ったゴクウが、伝説の超戦士になるのです。
心優しき怒りの戦士 スーパーサイヤ人に・・・。
「ビジネスは金だ、利益だ」と言い放つだけなら簡単。
「愛こそ真実」と言い放つのも簡単。
ひとつ壁の向こう側を見るのは、「愛」と「欲望」の葛藤の中で
苦悩しながら自分を鍛え続けた者だけなのかもしれません。



